山桜会(山岳部)

新緑の光徳小屋集会

 光徳小屋集会は平成15年6月6日〜8日に開催されました。今回は4月にヒマラヤ登山中に亡くなられた石川英子会員(35経)の追悼を兼ねて同会員が企画していた「アルプス音楽演奏会」を実施しました。演奏は本場ザルツブルグや日本でアルプス音楽を演奏している「アンサンブル・ガーヤーハイスル」で、オーストリアアルプスの音楽を楽しみましたが小屋のゲレンデで奏じられたアルプホルンの響きが圧巻でした。48名の出席で小屋は超満員となりました。

山桜通信第18号

 山桜会(山岳部OB会)では広報誌として「山桜通信」を年2回発行しています。昨年12月発行の第18号では、総会報告(役員改選他)、川崎新会長挨拶、会員便り、現役近況報告、光徳小屋便り(市川管理人による四季折折の自然レポート)、日本山岳会の東カラコルム遠征隊に参加した棚橋会員によるパドマナブ(7030m)初登頂インタビュー、60歳を超えて天山々脈の7千m峰に挑んだ錦織会員によるハンテングリ峰に登らざるの記等、会の活動が報告されています。

光徳の集い

 山桜会が主催する光徳の集いが年に3回開かれています。2月の集いは白銀の粉雪の中で20名が集まりました。スキー・散策後に温泉に浸り、ストーブを囲んでの談笑に夜も更けました。今年第2回の集いは春と初夏が同時に巡る6月7日〜9日で開きます。遅い桜や石楠花・ズミが咲き乱れ、唐松のビロードの様な新芽が萌え出す奥日光の大自然の中に楽しい一時を過しませんか。バスを降りて10分で到着。食事も寝具も全て用意しています。誰でも参加できます。是非お誘い併せて御参集下さい。お待ちしております。

昨年、創部80周年を迎えた輔仁会山岳部。
   日本から世界の名峰に夢と憧れを寄せて、山への讃歌を自然という名のノートに刻み続ける。

 はるか明治時代にまでさかのぼる学習院の山岳活動の歴史。当時ボン大学に留学していた近衛篤麿氏がスイス・アルプスを登山したのがその始まりという。以後、21世紀を間近に迎えた今日まで、学習院出身者による山岳活動は活発に行われ、数々の偉業を築き上げてきている。
 山岳部の創部は大正8年4月。創部当時の名称は「輔仁会旅行部」で、部内はさらに「旅行部」と「スキー部」に分かれていた。創部3カ月後には赤城・日光・白馬岳・妙高山への山行などが行われていたので、発足当初から活動が活発であったことがうかがえる。
 「山岳部」と改称されたのは大正14年。同年、学習院と慶應の合同登山隊が北米のアルバータ峰(3619m)初登頂を成し遂げている。日本山岳会初の海外遠征でもあり、学習院からは岡部長量、波多野正信(ともに大12旧高)の両氏が参加。頂上に立った隊員9名は、日の丸を振ることも、万歳を叫ぶこともなく、無言のまま互いに握手を交わし、初登頂の喜びを分かち合ったという。
 大正14〜16年には、日本山岳協会や日本山岳会の会長を務めたことがある松方三郎氏(大8旧高)や元部長の渡辺八郎氏がヨーロッパアルプスを登山。大正15年には、秩父宮殿下も一緒に登られている。
 時代は移り変わり昭和10年。「森林・草原・氷河」という日本の山岳書の中でも有数の名著を残している加藤泰安氏(昭9旧高)や周布光兼氏(昭13旧高)ほか4名が大興安嶺最高峰(1835m)の初登はんに成功した。
 昭和28〜33年には、日本山岳会や京都学士山岳会の海外遠征に参加。前OB会長の舟橋明賢氏(昭19旧高)をはじめとするグループがアンナプルナ2峰、4峰の試登を果たしたほか、芳賀孝郎氏(昭33経)のグループがチョゴリザ(7654m)の初登頂も成し遂げている。
 海外遠征は他の団体との合同がメインであった山岳部も昭和39年、ついに学習院単独の登山隊を結成。川崎巌氏(昭35経)らによりアラスカ・ローガン峰の登山を行った。中央峰(6050m)の登頂と西山稜の初登はんに成功し、学習院山岳部の歴史に残る偉業を成し遂げた。
 念願の学習院ヒマラヤ登山隊が結成されたのは昭和51年。三井源蔵氏(昭20旧高)、贄田統亜氏(昭38化)などのグループがスキャンカンリ峰(7544m)初登頂を果たした。
 なお近年では、永田秀樹氏(昭55独)らによるチョー・オユー峰(8202m)の登頂や、棚橋靖氏によるナンガパルバット(8125m) の単独登頂成功が偉業として挙げられる。
 山岳部創立80周年記念を迎えた平成11年10月、学生を中心とした初の海外合宿が行われた。目指したのは中国の未登峰レッドメイン峰(6112m)。海外での登山経験が豊富なOBの棚橋氏を隊長に学生主体のパーティーが初登頂に成功したことは、今後の山岳部の黄金時代の幕開けを告げる出来事にちがいない。
 もちろん山岳部の活躍は海外だけに留まらず、国内でも数々の業績を残し、枚挙に暇がない。
 日本の山岳クラブの最古に数えられる輔仁会山岳部。今後も世界の数々の名峰を踏破し、母校に錦を飾ってくれることであろう。

レッドメイン峰登山に参加して
学習院大学レッドメイン登山隊隊長 棚橋 靖(昭63仏)

 99年秋、学習院輔仁会山岳部創部80周年記念の一環として、初めての海外合宿を行った。中国・四川省にある未登峰、レッドメイン(6112m)に現役学生8名、OB2名、山岳部長の総勢11人が挑んだのである。
 近年、中高年の登山ブームといわれている。しかし若い人々にとって登山は人気がないのか、わが山岳部でもこのところ部員の減少、活動の低迷が続いている。そんな状況を打開しようと今回の海外登山を計画したのだ。
 約1ヵ月の登山ののち、10月5日学生(4年生)2名とOB1名が初登頂に成功した。登山の成功もさることながら、私にとっては全員が大きなけがもなく無事に登山を終えられたことが何よりも嬉しい。私自身、これまで何度かヒマラヤ登山を行う機会があったが、隊長として参加したのは初めてであり、現役の学生を連れてゆく立場は大きなプレッシャーになっていたのだ。
 今回、学生とOBがひとつの目標にむかって力を合わせるという貴重な体験をすることができた。学生にとっても、世界にはいろいろな山があって、いろいろな人が住んでいるということを肌で感じることができたと思う。学習院輔仁会山岳部で育った者として、私はこれからも学生とともに山に登り、山登りの面白さを伝えていきたい。

無限の広がりをもつ総合文化
学習院山桜会会長 橋本 實(昭29経)

 終戦により疎開地の岡山から復学した翌年の昭和21年、中等科3年で山岳部(G・A・C)に籍を置いた。背が低かったので、剣道部では脳天を叩かれ、バスケットでは将来性がないと思い、山に生涯を捧げることになった。
 山は一般の運動部と異なり、勝敗とは関係なく、記録の積み重ねから、客観的に証明できる証拠をもって、終結するのである。


前任の舟橋明賢氏(昭19高)からOB会長を
バトンタッチされた新会長の橋本實氏(右端)。
日光光徳小屋にて

 山の対象は世界に広がっており、それぞれの差はあるが、大自然が相手であるため、その時々の気象判断、整備の調達、地形地質の判断、食料計画(カロリー計算等)、登山技術の修得、植物・動物の見方や利用方法、火をおこす技術、釣り、写真、絵等々、無限の広がりをもち、いわば総合文化なのである。
 専門的に山に登った者の理念は普遍性があり、どんなに違う環境の中にあっても、不思議な一体感が生まれるのはそれぞれの個人が全体を考え、自分の役割分担を認識する能力を備えているからである。
 今では光徳小屋で行われる年4回の例会の他、種々の集まりがあり、山を愛する仲間が昔を懐かしんでいる。山の仲間の友情は、ほのかな香りを放っている。

G.A.C.(GAKUSHUIN ALPIN CLUB)
連絡先:東京都豊島区目白1−5−1 学習院 黎明会館内 山岳部