学 習 院
学習院創立125周年を迎えて
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写真でたどる125年の足跡
学習院広報 平成14年12月1日発行第69号より抜粋
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| ![]() 専務理事 池田浩規 |
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| 学習院創立125周年 写真でたどる125年の足跡 1847〜2002 |
1847 | |
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| 京都御所・建寺門(日御門)前の学習院跡地。弘化4年(1847)、公家の教育機関として京都に設けられた。漢学や和学の講義が行われ、主に15歳以上40歳以下の公家の志願者が受講した。設立後、欧米の艦船が来航して開国を要求、尊王攘夷運動が活発になるが、学習院はその一面集会所の役割も果たした。 | ||
| 1849 | 1877 | 1883 |
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| 勅額 嘉永2年(1849)年に孝明天皇より下賜された。「論語」冒頭の「学びて時に之を習う、亦説ばしからずや」が命名の典拠。明治10年(1877)の学習院開業の際、明治天皇よりあらためて下賜された。 | 明治10年、東京府神田錦町に華族学校として設立され開業式が挙行され、明治天皇より改めて「学習院」として下賜された。 校舎は華族の出資金と下賜金により建てられた。小学、中学で構成され、修業年限は8年。いわゆる海軍士官型の制服が、明治12年に日本初で定められた。 | 学習院の位置を示す地図(明治16年)。 左手には東京大学がある。現在の住居表示でいうと「千代田区神田錦町2丁目・3丁目の一部」となる。 |
| 1885 | 1890 | 1894 |
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| 明治18年、華族の女子子弟のための官立学校として華族女学校が設置された。 写真はその開校式。皇后陛下の前で校長谷干城が式辞を読んでいる。明治39年に学習院に併合され、学習院女学部となる。 | 課外活動の母体組織「輔仁会」の雑誌として明治23年に「輔仁会雑誌」が創刊された。明治30年代には、後に「白樺」派として活躍する武者小路実篤、志賀直哉、有島生馬らの文章が相次いで掲載された。 | 華族女学校の幼稚園児募集広告。 (明治27年3月15日付「東京日日新聞」)右は当時の女学校の生徒。 |
| 1899 | 1907 | 1908 |
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| 神田錦町から虎ノ門を経て、四谷区尾張町に校舎が移転。明治27年の地震により大きな被害を受ける。目白に移転することが決まるが、初等学科は四谷にとどまることになった。 | 明治40年、乃木希典は第10代院長に就任し、大正元年9月の死に至るまでその任にあった。目白移転後、総寮部に起臥し、学生と寝食を共にした。 | 明治41年、建築に3年を要した中・高等学科の目白新校舎が完成した。正堂のほか、特別教室、第−・第二および高等学科の教室、6棟の寄宿舎などが建設された。目白移転を機に全寮制が採用された。写真は正堂の裏側、学生の出入り口があった。 |
| 1927 | 1945 | 1946 |
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| 大正12年、関東大震災が発生し、目白校舎も大きな被害を受けた。その後復興事業が進められ、昭和2年には理科特別教場、昭和5年には中等科教場が完成した。写真は大正期の目白校地。手前が東。 現在の北グランドに位置に教室があった。 | 昭和20年4月13日夜半から翌未明にかけての空襲により、目白の学習院は正堂・本館など、木造校舎の大部分を焼失した。 | 安倍能成は夏目漱石の弟子としても知られる哲学者で、第一高等学校長・文部大臣などを経て、昭和21年から41年まで第18代学習院長をつとめた。昭和24年には初代大学長にも就任。厳しい財政状況の中、奔走して、その後の発展の礎を築いた。 |
| 1949 | 1952 | 1960 |
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| 昭和24年、新制の大学が設置され、大学開講式が行われた。入学式を兼ねた開講式は本館の前で挙行され、新入生の宣誓などが行われた。壇上は訓辞する安倍院長。 | 昭和27年9月、第1回大学祭が開かれた。 大学単独の文化祭で、講演会、演劇、コーラスなどが催された。輔仁会文化祭とは別に開催され、昭和31年まで続いた。 | 昭和35年に竣工した本部棟と中央教室。 中央教室は高さ25m、1編の長さは30mで、"ピラミッド校舎"と呼ばれた。 その左が本部棟。本部棟は東2号館の建設にともない平成3年に取り壊された。 |
| 1873 | 1978 | 1979 |
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| 昭和48年12月、法学部・経済学部研究棟(東1号館)竣工。それまで北1号館におかれていた両学部の研究室・図書室が収容された。 | 昭和53年9月には学習院創立百周年記念会館が竣工した。正堂、小講堂、会議室、父母会・桜友会・常磐会の事務室などがある。 | 理学部研究棟(南4号館)が昭和54年4月に竣工。棟内には各学科の研究室・実験室・図書室などがある。 |
| 1979 | 1993 | 1993 |
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| 文学部研究棟(北2号館)が昭和54年4月竣エ。棟内には各学科ならびに教職課程の研究室・図書室・事務室、言語共同研究所、文学部および史料館の展示室などがある。 | 平成5年4月、大学法学部・経済学部教育研究棟(東2号館)が竣工した。地上13階建の棟内には、法学部・経済学部の教員研究室、法経図書センター、院生研究室、演習室、自習室などがおかれている。 | 本部・大学教室棟が平成5年12月に竣工した。地上6階、地下1階の建物で、学生ホール・書店・受付、地下1階と地上2・3階は教室、4〜6階は法人および大学の事務部門などとなっている。 |
| 1994 | 1998 | 2002 |
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| 「山路ふみ子記念国際文化センター」(女子大学7号館)。平成6年12月に竣工した5階建てのこの建物には、教室、LL教室、学長室、事務室などがある。 | 中等科・高等科の校舎は平成10年9月に竣工した。地上5階、地下1階建てで、ホームルーム、コンピュータ教室、特別教室、教員室、事務室、保健室、売店などがある。 | 平成14年11月竣工した大学新教室棟(西2号館)。西1号館と黎明会館の間に地上6階、地下2階の新教室棟を建築、棟内には教室(模擬法廷教室含む)のほか、学生ホール、自習室、トレーニングルーム、保健室などがある。 |